小姐的不夜城故事 -18ページ目
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小姐とアガシ

最近上海などで北朝鮮からやってきた人たちが経営する焼き肉屋さんが増えてきました。そこで働く服務員はほとんどが北朝鮮からやってきた子たちで、ショータイムもありなかなか人気があります。客の多くは韓国の人たちで物珍しさもあって来ているのだと思いますが、外貨獲得のため派遣された彼女たちに上海の街はどのように映っているのか本心を聞いてみたい衝動に駆られます。最近日本とは少し微妙な関係ですし、日本のメディアも北朝鮮関連のマイナスイメージのニュ―スを連日報道しているので、日本人の客にとっては少し敷居が高いような感じもあるのですが、服務員の明るい対応と素朴な雰囲気に何かホッと落ち着くものを感じてしまいます。

さて先日上海の小姐と一緒にその北朝鮮の焼き肉屋さんに行って食事をしていて、逆にいろいろ質問を受けてしまいました。おかげでこちらはいろいろ歴史から説明する羽目になり緊張してしまいました(最後には日本の侵略に行き着いてしまうので)。

小姐「北朝鮮と韓国とどう違うの?」
我 「・・・・・」
こんな初歩的な質問が出るとは思いませんでした。
彼女も高校まで出ているし、少なくとも朝鮮戦争ぐらいは知っているかと思っていましたが、彼女にとっては三星の携帯電話や起亜の車の方が有名で北朝鮮と韓国がごっちゃまぜになっているようでした。

小姐「北朝鮮って貧しいの?」
我 「・・・・・」
鮮血デ固メタ友誼、中国と北朝鮮の関係っていったいどうなっているのかなって感じです。彼女いわく服務員の化粧の仕方があまりにも田舎くさいので韓国よりは貧しいだろうとそうゆう判断を下したようです。ちょっとあんまりにも北朝鮮の事無視してない、中国教育局の方々。

我 「六カ国協議って知ってる?」
小姐「?????」
北朝鮮の核の開発問題、なにそれって感じです。日本人拉致問題などなおさら聞いた事も無い。上海の不動産情報には長けた彼女が、国際社会のことなどこれっぽっちも関心が無い。これって大丈夫なのって感じです。

前回金日正総書記が上海にお忍びで来られた時に、高速道路で足止めされて、その隊列(警護の車など約150台)にびびりましたが、中国政府としては北朝鮮に第一級の待遇で接しているなと感じました。ただ一般人からすると関心があるのはイデオロギーでは無く、エコノミックで、今の中国にとってはやはり北朝鮮は忘れられた存在なのかもしれません。

北朝鮮自身あまりにも国際社会と離れた行動を取っていると、本当にアフガンのように、忘れられた国家になってしまい、最後は分散しかねません。ここは賢く中国を利用して外貨を稼ぎ、まずは国として国力をUPする事が先決だと思います。その上で生き残りを考えてください。

北朝鮮の服務員のアガシたち、彼女たちを見ていると、本当に15年前の中国にタイムスリップした気持ちになります。彼女たちが上海で見たもの経験した事全てが貴国の為になるように祈っています。これから祖国に変革を起こすのはあなたたち海外出稼ぎ経験組かもね。

小姐の恋愛観

小姐たちの恋愛観は非常に複雑だと思います。1人でこの世界に飛び込んでくる子たちはその多くが過去に田舎で1人、2人の恋人と恋愛し結婚までいたらなかった経験をもっています。こうゆう小姐たちは恋愛に対して過去の失敗体験を背負っているので非常に億劫になっている場合が多いと思います。ですから店に来る男に対しての見方は、自分が過去に出会った男(父親も含めて)との比較で見ているので、小姐たちの男性観はかなり厳しいものです。

普通ですと、18歳から24,5歳の女の子は一番輝いている時期ですし、目の前に白馬王子が現れて恋愛し、結婚するというのが世間一般言うところの女の幸せなのでしょうが、彼女たちにとって過去のダメンズ経験がどうしても男を簡単に受け入れられない、もしくはある種の復讐心が頭を持ち上げてきて、男性に対してなかなか飛び込めなくなっています。また客の中には、同じ年頃の男性はほとんどいないので、だんだん年上の男性ばかりを相手することで、同年齢の男性に対して、経済力であるとか、包容力であるとかで物足りなさを感じてくるようになってしまい、ついつい普通の生活から遠ざかってしまうのです。

実はこのあたりも矛盾があるのですが、最終的に小姐たちが求めるものは、ズバリ普通の暮らしなのです。

世のおと―さんたちがくれぐれも注意して欲しいのはこの点です。あなたがもし遊びで不夜城にやってきて、小姐と付き合う場合、小姐とは徹底的に遊んであげてください。そこには嘘も隠し事もなく、全てをさらけ出しで自らも楽しんで遊んでください。

私も不夜城で何度も見かけた光景ですが、おとーさんの嘘と隠し事がばれて人情沙汰になった場面を多く見てきています。これは小姐が嘘を見抜けず、というよりは嘘を信じたくなったという心の変化を与えた事による結果で、これによって恐ろしい結果を招いてしまうのです。

もともと恋愛に対してすごい憧れを持っている彼女たち、田舎の友達のささやかな幸せにも嫉妬心を燃やすぐらいですから(わざと豪華な贈り物などをする)、いかに恋愛と幸福を求めているかという事です。もともと身体は開いても、心はなかなか開かない彼女たち、その心のトビラを開いたおとーさんは相当な覚悟が必要です。


小姐の日々

夜の仕事は本当に疲れます。また接客は気も使いますし、その上体力が必要な関係のお仕事ならなおさらです。多くの小姐は寝るのが大体夜半の3時か4時ぐらいで、昼過ぎか、夕方まで寝るのが普通です。

カラオケなどの飲み屋の小姐は

起床      PM1:00
シャワー    PM1:00 ~ PM1:30
昼食      PM1:30 ~ PM2:30
買い物     PM2:30 ~ PM4:30
テレビ     PM4:30 ~ PM5:30
シャワー    PM5:30 ~ PM6:00
化粧      PM6:00 ~ PM6:30
夕食      PM6:30 ~ PM7:00
出勤      PM7:00 ~

同伴あるときはお客と待ち合わせして食事後にPM9:00までに入店

ミーティング  PM7:30 ~ PM8:00
待機 営業   PM8:00 ~
閉店      AM1:00 ~ AM2:00

エスコート有りの時はPM11:00には店を出ます
閉店後お客と一緒に夜食を食べに行く事も

帰宅      AM1:30
夜食      AM1:30 ~ AM2:00
シャワー    AM2:00 ~ AM3:00
就寝      AM3:00

大体こんな生活を繰り返しています
彼女たちは基本的に休みは無く、1年で、お正月ぐらいしか休みを取りません。

やはり一番大変なのは、店に入った後の待機時間です。毎日客が着くかどうか分からないですし、カラオケKTVなどのチップ歩合制の店ではお金を稼げない訳で、死活問題になってくるので、電話でのお客への営業活動、同僚などに上手くお客を手玉に取る方法のレクチャーを聞くなどゆっくりはしてられません。その点日本の方がまだ楽な感じがあるのですが皆さんはどう思います?

また完全に身体を張って稼いでいる小姐は痩身や美容整形に余念がありませんし、そうでない小姐は媚を売るテクニックを磨くのに一生懸命です。この商売はいかにリピータを作るかが勝負なので、日々女を磨く努力をしています。

この辺小姐の甘い誘惑に世のおとーさん方は頭で分かっていてもころっと転がされてしまうのです。でも同じ転ぶのなら彼女たちの努力を分かって転んであげましょう。

小姐の家族愛

小姐にとって家族とは、何者にも代えがたい大切なものだと感じます。そのあたりは今の日本の女の子と少し違うような気がします。多くは10代で親元を離れ、大都会へ出てきている彼女たちは、寂しさや苦しさをぐっと我慢して生活しています。その為精神的に破綻してしまう子も少なくないのです。そんな生活で一縷の頼みはやはり家族との絆なのかもしれません。

私の知り合いの小姐は今年で28歳、18歳で上海に出てきて、レストランなどで働き、20歳で夜の世界に入りました。そして、ギャンブル(マージャン、トランプなど)、酒に溺れ、24歳の時、売春容疑で刑務所に入ります。そこから彼女の人生に対する希望は完全に絶たれ、以後はまた夜の世界に戻ってくるのですが、以前とは違ってうつ病のような状態になり、その後去年台湾人のヤクザと結婚して台湾に渡るも、2ヶ月で中国に逆戻りしてきました。彼女の場合、1人っ子という事もあり、両親には夜の仕事の事をまったく話していなくて、突然公安に捕まり両親に分かってしまった事が大きな影となって、その後も立ち直れない心の傷になっています。

それとは別の小姐は同じく今年で28歳、彼女も22歳で上海に出てきていろいろ仕事を転々とし、24歳で夜の世界に入りました。彼女の場合、小さな時から酒乱の父親に虐待され、その父親は外に女を作って家に帰らなくなり、母親は彼女と、彼女の小さな妹を育てる為に、朝から晩まで働き詰で生活を支えてきました。そして彼女の妹は腎臓の病気があり、人工透析無しには生きられない状態で、彼女も15歳から学校にも行かず家計を支えてきました。そして今では母親に小さなマンションと、妹には大学進学をプレゼントし、本人の幸せは差し置いて、一応は達成感を感じています。

この2人を見ていると、やはり後者の彼女のように、家族との絆がいかに自分を支える原動力になっているかがよく分かります。

彼女たちの横でへらへらと笑いながらカラオケを歌っているおとうさん、彼女たちは肩にこんな重い荷物を背負いながら、今日もあなた方に明るくサービスしてるんですよ。






小姐のブランド志向

これだけインターネットが普及して情報に垣根がなくなってきますと、本当に質の良いものだけが生き残れるようです。その点いわゆるブランド商品はデザインのよさもさる事ながら、モノ自体の品質にも安心感があるので、中国でもやはり人気があります。昔の兌換券時代では考えられない話ですが、今は世界中の一流ブランドが競って中国に出店し、近い将来ヨーロッパのブランドはそのほとんどが中国での売上がNo.1になるかと思います。

今から10年ほど前、小姐たちにとってブランド品は無縁の世界でした。もちろん百貨店などでブランドものを売っていましたが、そんな高価な商品を身につけるよりは、もっとマンションを買うとか、将来店を経営する為にお金を貯めるとか現実的な子が多かったと思います。ところが街に雑誌などのファッション情報が溢れ出し、ブランドの店が増えてくると、一気にブランド熱が高まった感じがあります。

女性の一番すごい所は、やはり果てしない欲望ではないでしょうか。夜の小姐にとってブランド品は自分へのステイタスを量るバロメーターであり、ご褒美でもあります。特に夜の小姐は恋人(お客)の自分に対する愛情は金銭価値で量る傾向にありますので、その要求は果てしなく広がって行きます。

ちなみに中国の小姐に人気のブランドは
ルイヴィトン  こちらはブランドの王道です
グッチ     最近は特に人気です
カルティエ   宝飾品はこちらが人気です
オメガ     時計はこれが多いような気がします
ブルガリ    こちらも最近人気があります

あまり人気が無い有名ブランドは
エルメス    高いのもありますがあまり人気がありません
プラダ     安っぽいからかな
フェンディ   おとなしい感じなのでしょか
フェラガモ   店はかなりあるのですが
シャネル    大人過ぎるのかも

大ブレイクしそうなのは
バーバリー   最近店が増えてきています
ティファニー  宝飾の王道ですから
などではないでしょうか

これから進出を考えているブランドの皆様、中国不夜城へようこそ

小姐の夢

恭喜發財!あけましておめでとうございます。昨日の夕方からは小姐たちからいっぱいショートメールが来ています。今年も皆さん宜しくお願い致します。

さてこのショートメールという代物、もちろん携帯電話のメールの事ですが、この新しいコミュ二ケーションの進化が中国の高度成長を支えてきたといっても過言ではないと思います。中国の都市部の携帯電話普及率は日本や欧米の普及率と遜色ありませんが、この新しいツールが生まれてから、夜の街のネットワークもより高度に、より複雑化したといえます。今や中国のネットの世界はエロ系サイト、出会い系サイトなど当たり前ですし、関係は希薄だけれども、時間と空間を切り裂くネット、メールは今の中国の人々にとっても、無くてはならないものの1つです。

地方から出てきた小姐がまず何は無くとも欲しがるのが携帯電話。日本のオト―サンたちも1台や2台は買わされた経験があるはずです。彼女たちは地方から都会に出てきて、携帯電話を持つ事で家族ともつながるし、友達ともつながる、そうゆう安心感をもって仕事ができるのかもしれません。

私自身携帯電話は、世界を一瞬で縮めてしまう便利な道具だと思います。3年前ヨーロッパに行ったとき中国の電話が使えたのですが、世界中何処にいても探し出す事が可能で、スコットランドの片田舎で小姐から今晩お店に来てよと電話があり、いまスコットランドだよと説明しても信用してくれません。去年はニューヨークで携帯に中国の広告のメールが頻繁に入ってきて、いったい自分はどこにいるのだろうと考えました。

小姐たちの夢の続き

携帯電話を客に買ってもらう
頻繁にお店に来るよう連絡できる

客と同伴するようになる
いろいろおいしい物を食べたり
ブランド物のかばん、時計などを買ってもらう

上客にパソコンを買ってもらう
ネットで暇つぶしができるしコンピューターの勉強ができる
そろそろお店に出たくないというサイン

彼氏にマンションの頭金を出してもらう
スポンサーを1人に絞込み始める
マンションを買って生活を安定させたい

子供が欲しいと言い出す
安定した生活を求めはじめる

このマンションと子供で日本のオト―サンたちは引いてしまい
また同伴生活に戻っていく

今年こそ夢は大きく、お金持ちの彼氏をゲットしましょう
頑張って下さい

小姐の背景

今日は中国の大晦日、小姐たちの多くは大きな荷物を抱えて(両親や親戚へのお土産)故郷に帰っていったので、今日は多くの店は開店休業状態だと思います。新人の小姐は親戚または友人を頼って都会に出てきているので、故郷に帰らず旧正月中は都市の観光をする事でしょう。

ちなみに店のカテゴリー別に小姐の分類をすると

カラオケ (ラウンジタイプ)
そのほとんどは日本人向けに作られたお店で、小姐の多くは地方の高校を卒業して、親戚、友人を頼って都市でレストランなどのサービス業に勤務し、そこから転職する場合が多い。たまに大学に行っていて、経済的事情からスピンアウトする小姐もいる。基本的にこのタイプのお店はHがNGなので、最初はいつでもやめる気持ちで気軽に始めるが、日本語の上達に伴って店を変わっていき、最後は自分で店をオープンする小姐も多い。
小姐には給料が支払われ、同伴や客数により金額が変わってくる。
小姐の給料は 大都市で 新人で   2000元~3000元
                 ベテランで 4000元~5000元
                 ママで   5000元~10000元
とそれほど多くは無いが、常連客がつくと、食事やプレゼントなど余禄も多い。このタイプの店で遊ぶつもりで深みに入ると、大きな問題になることが多い。

カラオケ (BOXタイプ)
基本的には韓国のルームサロン、香港、台湾のナイトクラブ、と同じで店によっては連れ出しがOKである。日本人向きのBOXタイプの店も多いが基本的なシステムは同じである。店と小姐は契約関係で客がついた時には店側にテーブルチャージを払い、小姐は客からチップを貰う。女を武器に手っ取り早くお金が稼げるので、HがOKの小姐も多い。このタイプのお店には友達の紹介で入る小姐が多く、家庭的に問題を抱えていて、いきなりこの世界に飛び込む子が多い。経済的、金銭的にトラブルを抱えている小姐も多く、とにかく身体を張って働いている。
小姐の月収は 大都市で   チップ 1回 200元~300元
                   Hは     800元~1200元
          中小都市で  チップ 1回 100元~200元
                   Hは     300元~600元
売れっ子になると月収は10000元を軽く超え、超売れっ子は30000元近く稼ぐ子も多い、また店のノルマもきつく、水商売に合っていない子はすぐに辞めて行く。小姐同士の競争も厳しく、結果的に容姿が端麗か話術に長けているか、など自分のセールポイントをきちんと把握できていないと続かない。

サウナなど
システムは香港やマカオのシステムが採用されていて、サウナ、あかすりなどのサービス後に、個室で小姐のマッサージを受けるが、個室の場合はたいていがHなサービスつきである。この手の店で働いている小姐はほとんどが男女間のトラブルがきっかけで入ってきた子が多い。カラオケの場合は基本的にHをするか、しないかは小姐に選択権があり最初に客または店に申告しておけばよいが、この手の店には選択の余地が無く、基本的には売春である。大体は離婚したとか、恋人と別れた事がきっかけでこの仕事につくことが多いように思う。
小姐の月収は 大都市で   チップ 1回 400元~600元
          中小都市で  チップ 1回 100元~300元
もちろんH込みなので多くても1日2回が限界生理の時は働けない。
月収は5000元~10000元ぐらいだが、この手のお店は住むところと食事を保証してくれるところが多いので、その分お金はたまる。
また地方のサウナでは最近田舎から15歳ぐらいで売られてくる小姐が多い。こちらは当局が今のうちに厳重に取り締まらなければ大きな社会問題になる。今の所外国人相手の店では無いようであるが。

置屋系マッサージ店、理髪店など
いわゆる床屋である。中国でも南の方ではかなり前から一般的だったのだが、最近はどの都市でも当たり前のように林立している。こちらはもろ売春であり、全国を組織的に回って営業している集団もある。とにかく四川省や東北、など貧しい農村で小姐を集めてきて、親などの借金を背負ってきている子が多い。もちろんだまされて出てきている子も多いが、田舎での生活苦を考えると、田舎に戻る気も無く働いている小姐が多い。この手の店で働いている子は、戸籍が無いとかは当たり前で、法律とかの枠組みすら外れている小姐も多く。中国の知られたくない部分の1つだと思う。
小姐の月収は 大都市で   チップ 1回 300元~400元
          中小都市で  チップ 1回 100元~200元
ただここから店に幾ら位取られているかは分からないし、月収となると1000元~2000元ぐらいではないだろうか。

以上が小姐たちの簡単な背景の紹介です。
ただみんな一生懸命生きているし今の中国を底辺で支えている事も事実です。

不夜城の歴史

今の中国は24時間眠らない街です。特に北京、上海、広州などの大都市や近郊の衛星都市は、カラオケ、サウナなどの娯楽場がどんどん建設され、バブルな人々のお金吸い上げています。もともと中国の娯楽文化は奥が深いと思うのですが、現在の娯楽産業は享受する側と、提供する側の格差がはっきりとしてきたため、また解放以後、当局の娯楽に対しての締め付けが厳しくその反動もあって、改革開放以後現在までの隆盛が見られるのだと思います。

私はこんな中国で南は香港から北はフフホト、新疆まで夜の街の変貌を見てきました。仕事の関係で中国に係わってきたので、接待を受ける側、接待する側の両面で夜の街を徘徊してきました。また私自身中国語がしゃべれるという環境上多くの小姐(若いお姉さんの意味)の悩みや相談にも接してきました。このブログではこんな中国の夜の小姐を通して中国が抱える問題や、現状を書いていきたいと思います。

まず中国の歴史的な補足から説明しますと、

1976年 
中国の周恩来、毛沢東が相次いで亡くなり、文化大革命が終結し鄧小平が政治の表舞台に登場した所からが中国不夜城再建の第一歩だったのではないでしょうか。
 
1978年 
日本と中国にも日中平和友好条約が締結され、この年鄧小平が訪日し日本と中国が経済的に結ばれる基礎ができました。

1979年 
アメリカとの国交も回復し、西側との交流にも拍車がかかってくるのですがこの時期ではまだまだ夜は寂しくお酒はレストランで頂くものでした。

1980年 
経済特別区が深セン、珠海、汕頭(広東省)、アモイ(福建省)に設立され外資企業の誘致が本格的に始まりました。外資のホテルなどが建設されここから中国不夜城再建が始まります。深セン、珠海、汕頭は香港人が主にリードし香港式のカラオケ、サウナなどが乱立しました。またアモイは地理上台湾系の店が多く作られました。ただ基本的にはこうした香港人、台湾人がお客を接待する場で、一般の中国の方々には無縁の所というイメージがありました。

1989年 
天安門事件がありました。これ以前87年にも北京の春というあまり知られていない学生運動があったのですが、要は政府の高級幹部のみがこうした夜の街で贅沢三昧をしているとの批判がピークに達した事件でした。この天安門事件以降、政府は大胆に規制緩和を進め、経済特別区の拡大とあらゆる規制を緩める政策に突き進んでいます。

そして1990年以降天安門事件前に日本などへ留学もしくは就職していた人たちの帰国ラッシュと共に日本のあらゆる夜の街のノウハウを持ち込み、特に上海では日本人の進出が著しく増加したのに合わせて、日本式のカラオケ、サウナ、風俗などが増えつづけ今では日本料理屋、クラブなど日本人を対象に営業している店が1,000店以上あるのではないでしょうか。そして現在は中国全土どこにでも眠らない街は存在し、その夜の産業に従事する人口も急増しています。

小姐たちの変化
80年代   
80年代に夜の街に流入してきた小姐は、その多くが貧しさの脱却と、将来への失望からこの世界に飛びこんだ人々でした。祖父祖母の世代、両親の世代共に言葉では言い表せない苦労の連続の中で育ってきて、その中でとにかくお金を早く捕んで家族と自分の生活を安定させたいという気持ちが強かったと思います。また男女の関係にも無意識の内に保守的にな部分があり、夜の仕事に従事している事自体に罪悪感みたいなものが有ると感じられました。こうゆう仕事をしていると結婚できないだろうなとか、家族の為に私は犠牲になっているとか、生きる事へのあきらめのようなものがありました。ですからこの時代に夜の街に従事していた小姐の多くは30歳を過ぎる前から積極的に香港人、台湾人の愛人となって、子供を作り、生活を営んでいる状況が比較的に多いと思います。

90年代   
90年代に入ると、物質面と情報量との両面での豊かさが顕著になり、単に生活の為だけというような小姐は少数派になってきたと思います。より豊かな、高度な生活に憧れて地方から大都市に出てくるのが主流になり、夜の仕事への罪悪感より、より良い生活の為の割り切り感が強くなってきました。その為この年代の小姐は生活を楽しむということを前提に、30歳を過ぎても夜の街に従事している人が多く、また複数の男性と付き合う事にも抵抗がありません。

00年以降  
2000年以降に夜の世界へ飛び込んだ小姐はやはり地方の人たちが多いのですが、大体は積極的にこの世界に飛び込んできた小姐たちです。それは興味本位であったり、友人たちのつながりであったり比較的何の抵抗感も無く働いています。基本はやはりお金ですが、恋愛もしたいし、結婚もしたい、マンションも欲しいし、旅行にも行きたい、というような小姐たちです。

2000年以降中国は日本にとっても経済的に重要なポジションになり、多くの日本人が駐在または出張で中国に訪れています。それに伴って夜の街も拡大していますが、基本的な男女間のルールは世界共通です。遊ぶのであればきちんとお金を使って遊び、恋愛したいなら真剣に向き合わないと大きな問題になります。90年代の初めまでは日本と中国の経済格差と情報格差は甚大でした。その時代では遊ぶお金といっても、普通の日本人にとっては微々たる金額でしたが、この10年間でその経済格差と情報格差が急速に縮まり、なめてかかるととんでもない問題にも発展しかねません。

できればこのブログを活用していただいて、相談事、悩み事などありましたら、できる限り答えていこうと考えています。

宜しくお願い致します
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